「なんだ、その死んだやつが生き返ってきたみたいな顔は」
マキが組んでいた腕をほどき、近づいてくる。
「あ――」
陸は言葉がでなかった。ただ、自分の考えが無駄にならなかったらしいことに安堵した。そして、その表情を読み取ったらしいマキがにやりと笑った。
「しばらくこられなかったが、そんなに恋しかったのか。それは光栄だな。何か始めたそうじゃないか」
近づいてきたマキが画面を覗き込む。
「そんなに進んではいないよ。やっぱり難しい」
少し後ろに下がって陸は言った。突然のことで、マキが来たらどうするか何も考えていなかった。考えたところで結論がでたとも限らない。他人の気持ちは分ら
ない。こじれてしまったらその修復ができるかどうかは分からない。へたなことを言うよりマキの反応を待とうと思った。特に焦るほど良い結果はついてこな
い。余計なことを言わないように陸は唇を噛んだ。
「何か興味がありそうなものがあったか?」
マキが画面を操作しながら聞いてくる。履歴を追っているようで今まで何を見たのか確認しているみたいだった。
「う……ん。あったけど、まだ少ししか読んでないからもっと興味がもてるものがあるかも知れない」
陸はマキの横顔を見ながら言った。少し抑えた感じの言い方にしてみた。急がば回れという諺もある。すぐにあったから現物が見たいじゃ、目的がばればれ
だ。
「そうか。現物を見てみるか?」
マキが振り返る。陸はすぐ返事ができなかった。
「――え? 見れるの?」
あまりにも順調すぎる。元の世界を忘れたらと言われていた。そんな確証をもたせることはやってもいないし、言ってもいない。
「ああ。報告書読むより実物を見て興味がもてそうなものを選んだ方が早いだろう。どんなものを選ぶのか少し興味がある。今日はちょうど空いている。何か予
定はあるのか?」
「ううん。何もないよ。だけど……」
飛びつきたい気持ちが有りながら、心の奥底で躊躇う気持ちがあった。話が上手すぎる。
「嫌なら強制はしないが」
「そういうわけじゃないけど、なんていうか、心の準備が必要っていうか」
「むしろ準備なんかしてくれない方がいい。興味があるなら付いてこい」
マキがすっと扉の方へ向かう。
「あ、待って」
陸は追いかけるしか選択はないと思った。
久しぶりに部屋の外へ出た。景色は数年前と変わらない。たぶん、コの字型であろう建物はフロアがいくつかの薄い壁で分割されているみたいだった。高くそ
びえる建物の高さはよく分らないが、いったいどれくらいの人がいるのだろうと思う。
マキがくるっと後ろを向いた。
「部屋に入る時は、扉に手をかざすといい。体温に反応する」
「え、そうなの? やってみてもいい?」
陸が聞くと頷いたマキが少し後ろに下がった。扉が閉まる。ということは、扉は確かにマキに反応していたのだと分かる。陸はそっと手を扉に近づけた。ほと
んど手が付きそうな位置でゆっくりと開きだす。
「但し内側では効かない」
背後からマキの声がした。部屋から出るためにはどうあっても誰かの補助が必要らしい。
「誰でも入れるってことだね」
「この建物の中に入ることにできる人間は、ということだ。ロボットやその類の単独行動はできない」
「そうなんだ。一人じゃ部屋に入ることもできないかと思ってた」
そう。自由なのは部屋の中だけだと思っていた。
「知っている者は少ないだろうな。ノインなら知っていただろう。ここの研究員だけが見ることができる説明書の中に記載がある。もちろん他言無用だ。まだ、
そんなものを読む余裕はないだろう」
マキがにやっと笑う。
そうなんだと陸は思った。きっと膨大な資料の中に埋もれてしまっている。説明されたことをそのまま鵜呑みにしていたけれど、実はそれが全てではないのだ
と思った。
前にデールと外に出たように突き当たりのエレベーターに乗り、エレベーターは上へと昇っていった。
「どうした?」
マキが怪訝そうな顔をする。表情の変化をすぐに読み取られてしまう。
「倉庫っていうと地下のイメージが強くて、だから下へ行くのかと思ってた」
別に隠すことでもない。はっきり言った方が警戒も解き易いだろうと思う。
「隠したいものはなるべく地上から遠い方がいい。このまま直接行けるわけでもない。一度乗り換える」
「そうなんだ」
ぼやっとしてる場合じゃないと思った。行き方を覚えておかなきゃいけない。つまり、エレベーターの操作の仕方も覚えなきゃいけない。パネルのようなもの
を触っていたけど、そこに行き先がしめされているはずだった。
マキが言った通りに一回エレベータを降りた。何階なのかと聞いた陸に20階だとマキは教えた。そして反対の突き当たりにあるエレベータに乗る。ドアの脇丁
度手元辺りにある小さなパネルは指で触れてスライドさせるとその方向に階数を表示していた。32でマキは数字を止めた。32階に行くらしい。たぶん、エレ
ベータも迷路のようになっているのかもしれないと思った。
エレベータは着いてドアが開くと、長い通路があり、先の端に人一人が入れるくらいの大きさのドアがあった。ドアノブがある元の世界ではよく使っていたド
アのタイプだった。
(まさか、鍵を使って開けるとか?)
陸はちょっと絶望的な気持ちになった。もしそうなら、マキから鍵を奪わないと開けられない。ヘアピンで鍵を開ける技術など持ち合わせてはいない。
けれど、マキは鍵を出す風ではなく、ドアの脇に手で触れた。するとその触れたところが小さな扉のように上にスライドした。そして、そこにでてきたのはテ
ンキーだった。
マキが数字を入力していく。まるで隠す風でもなく、マキの指がキーに触れる。
20121222 ―― その8桁の数字は銀行の暗証番号として登録しようと思ったら入れなおしを要求させられるレベルじゃないのかと思った。そして、カ
チャと音がしてドアが少し開いた。マキがノブを持ってドアを内側に開ける。マキの後ろに続いて入って、中の広さに驚いた。そしてそこに数え切れないほどの
端末が並んでいて、寄り添うように付属品らしいものが置かれていた。そして、誰もいないと思うのに、ざわざわした話し声のような音が波を描くように大きく
なったり小さくなったりしていた。急に獣の遠吠えのような声が聞えて体がびくっと震えた。
「誰かいるんですか?」
陸は思わず聞いてしまった。廃棄されたものは物だけとは限らないのかもしれないと思った。
「いや、驚かせたようだな。今も稼動させているものがある。そのひとつに、人間に聞えない音を変調して聞える周波数に集約して流すものがある。今のはその
音だ」
「あ……それ、読みました。いったいどういう音になるんだろうって思っていたんですけど」
そうかと思う。実際はどんな音かは分らないけど、人が聞える音にするのなら今まで聞いたことのある音になるわけだ。
「聞えないものを聞えるように、見えないものを見えるように。それは正しいかどうかの判断が付けられない。その意味がわかるか?」
「人は見えるもの聞えるものしか分らないから、ですよね」
捏造が簡単にできる。
「道具はなんでもそうだ。使う人次第で良い物にも悪いものにもなる。そして、模倣するものもでてくる。ここにあるものは扱いが難しいと判断されたものばか
りだ」
「それは、僕がやろうとしてる事は無駄ってことですか?」
マキが来ていたのは間違った方向へ行かないように修正するためじゃないかと思ったことを思い出した。こんなに早く願いが叶ったことに浮かれていたけど、無
駄なことはやめろとやんわり言うためだったのかと思う。目的から考えれば成功ではあるけれど、落ち込む気持ちもあった。
「前にも言った。ヒントに
はなると思う。ただ、難しくて進まないというなら別のアプローチの方がいいだろう。正直に言えば、何も知らずにテーマがかぶったものについては実際どんな
ものができるのかは分からないから許される。しかし廃棄になったものを公に掘り返すようなことはしないほうがいい。変な目で監視されることになる」
「……そうなんだ」
廃棄にするにはそれなりの意味があるわけで、それを改良したところで廃棄になる可能性も高くなる。確かに無駄だ。
「全部と言うわけにはいかないが、いくつか見ただけでもなぜ廃棄になったのか、どういうものが廃棄になるのか分かるだろう。そうすれば、私の言ったことも
理解できるだろう」
「うん」
せっかくの機会だから、お言葉に預かろうと思う。そして大事なのはノインが作った移動装置がどこにあるのか確かめておきたかった。ここに来るまでの道筋は
エレベータを一回乗り換えるだけで簡単そうに思える。部屋に入るパスも手に入れた。ただ、問題はどうやって部屋を出るかだった。
相変わらずざわざした音は部屋中に響いていた。時折、何かが落ちたみたいな音や風の音みたいなものも混じる。きっと凄いことなんだろうけれど、何に使え
るのかはさっぱり思い浮かばなかった。
ひとつひとつマキが簡単な説明をしてくれたけれど、主に、武器として使うのだろうと想定えきるものが多く、体の組織を分解して蒸発させるっていうのは、体
が強張った。これって実験したんだろうかと思う。なんとなく、危険であることが分ってきた。ふと、台の上がきらきらしているのが目に入った。
「気になるのか?」
マキが聞いてくる。ホントに表情を読むのが上手い。
「なんで光ってるんだろう」
陸は台の傍まで行った。反射するようなものは何も見えないのに、きらきらと台の上が光って見えた。
「それは物質を見えない状態にするシートだ」
「え?」
マキの説明に驚いて手で触れると確かに何かある。手探りでひとつ取り上げるとばさっと広がって一枚のシートになった。
「これで見えないの?」
陸は両手でシートを広げて持ち上げた。確かに透き通って見える。
「半分に折り曲げて包むようにしないとだめだ」
「じゃあ、こういうこと?」
陸は左腕の肘から先にかけてシートをかけたら、まるで左腕が肘からなくなったように見えた。
「すごい!」
まるで魔法みたいだと思う。こんなものを悪用されたら困るだろう。
「光の反射を利用した構造的には簡単なものだ」
「こうしたら、見えないの?」
陸は頭から被ってみた。目の前にシートがあるはずなのに、視界を遮るものはない。
「こちらから、足は見えている。試作品の段階で止めたから人を覆えるほどの大きなものは作っていない」
「そうなんだ。すごいと思うけど」
何に使えば有用なのかは疑問だ。つまり、そういうものばかりが集まっているわけだ。ただ、これは使えそうだと思う。シートを畳んで置く振りをして、下の
一枚を掴んだ。悪いことだとは分っていたけれど、ちょっと借りるだけだからと心の中で言い訳をした。
「廃棄品に関わっちゃいけないっていう意味が分かった気がした。そうだよね。教えてもらっただけでも危険なものばかりだ」
陸は辺りを見回す素振りをした。マキに手に持ってるものを見つかる前に早く部屋に帰りたかった。そのためには、今やってることはやめると宣言するのが一
番早いと踏んだ。
「そうか。次のは――」
「もういいよ。ありがとう」
陸はマキの言葉を止めた。
「しかし、まだヒントになるものはないだろう?」
マキが探るように見てくる。
「例の、移動装置がここにあるのか知りたかったんじゃないのか?」
付け加えた言葉に、まるでそれが本来の目的だろうといわんばかりの顔をマキがした。そのつもりだった。けれど、それは、またこの次にここに来れたときで
いいと思う。それより今は手にしたものを早く持って帰りたかった。
「ここにあるものは危険なものなんだって分かったよ。だから、違う方法で……、そうだ、デールに頼んで街を見学して来ようかな。すごい、夢みたいなものよ
り、身近な少し便利になるくらいのものの方が良いような気がしてきたんだ」
言いながら、陸は手に掴んでいるものをぎゅっと握った。
「そうか」
マキが近づいてくる、そして、通り過ぎる時に軽く、唇に唇で触れてきた。驚いて、持っているものを離しそうになって、慌てて掴みなおした。
「この間言ったことは冗談でもなければ騙そうと思ってるわけでもない。いつでも力になるから、呼んでくれればいい」
「あ、ありがとう」
突然のことにそう答えて、もしかするとこれって肯定の返事になっちゃったんだろうかと思いつつ、言い直すことはできなかった。
部屋の入り口の方へ向かうマキの少し後ろを歩きながら、「マキはいつもここにいるの?」と聞いてみた。
「いや。どうしてそんなことが気になるんだ?」
反対に質問される。
「廃棄されたとはいえ、まだ実験中みたいなものをあるから」
部屋に入ってきた時のざわざわした音は止む気配はない。一人でここにいたらそれも不気味な気がした。
「記録は取っている。それだけだ」
「そうなんだ」
なぜ? とは聞けなかった。もう使えないものだと判断されたはずのものだ。記録さえ取る必要はないだろう。何か理由があるのか。けれど、今は早く戻りた
い。
マキはドアを開けると「一人で戻れるか?」と聞いてきた。
「うん。大丈夫だと思う」
むしろそちらの方がありがたい。
「また、そのうちに様子を見にいくよ」
「うん」
これは拒めない。
マキは部屋に戻りながらドアを閉めた。いつも居るわけではないにしても、居ることもありえるみたいだった。とにかく戦利品はあった。きらきら光るシート
を陸は両手で抱いた。