「もう慣れたかい?」
 不敵な笑みを浮かべながらマキが近づいてくる。
「一生慣れないと思うよ」
 陸はそう返すのが常だった。
 危害は加えないと言われたから、言いたいことは言っている。どうせ大人しくしたところで帰してくれる気などないだろう。
「何をしてるんだ?」
 マキが後ろから覗き込むようにする。
「暇つぶし」
「国家機密を読むことがか?」
「もう少し読みやすいといいんだけど」
 専門的な単語が多すぎる。ノインが作ってくれた翻訳機が欲しいと言ったら持ってきてくれた。分からない単語はそれで調べられるけれど、読み方が間違って いたら当然間違えちゃうわけで、完全とは言えない。
「会話なら完璧にできるのか?」
「うーん。いつも話してるぐらいなら」
 ここで接したことがあることに関してはナントカなるけど、接したことがないものについては、難しい。知ってる単語をあわせて類推するにしても時間がかか るから、会話として成り立つかはその時の話題次第なんだろうと思う。
「研究会にでてみるか?」
「何?それ」
 初めて聞く言葉だった。
「ノインは馬鹿にして出ていなかったが、友達ができるかもしれない」
「友達?」
 何か新鮮な響きを感じた。
「恋人と言い換えてもいい。ここにいる研究者の交流会みたいなものだ。気があえば恋人や結婚して家族になるものもいる」
「結婚できるの?」
 意外だった。
「優秀な遺伝子を持っている者たちなのだから子孫を残すことは有意義だろう」
「そりゃそうかもしれないけど――」
 有意義って言われちゃうとなんだか違う気がする。まるで子供も物みたいだ。というか、人も既に物扱いなのかもしれない。
「暇つぶしだけじゃなく、何かしたいことができるかもしれない。それぞれが自分の研究について発表する場でもあるから、そこから何かヒントが得られるかも しれない」
「それなら、廃棄物が納まっているっていう部屋を見たいよ。研究のヒントがありそうだと言ってたじゃない」
 話題が出たのをいいことにちょっと直球を投げてみた。今、あの装置はどうなっているのだろうと思う。
「暇つぶしをしているようじゃ、今見せても何の足しにもならないと思うね。何かやりたいと思う気持ちがでてこないと全てはガラクタに見えるだろう」
  断言するマキに少なくともひとつだけは絶対にガラクタには見えないと言いたかったがやめておいた。目的がまる分かりだ。だが、マキのいる前では何もできな い。マキ自体がキーだといったデールの言葉が思い出された。その部屋の入るのがマキと一緒でなければならないとなると、マキを誤魔化して装置を動かす必要 がある。
「まだ、元の世界に未練ありありということか」
 マキが呆れたように笑う。表情を読まれたらしい。
「君 が恋しく思っていても、その相手は君とそっくりな人間を目の前にしてどう思っているだろうね。デールと同じ生体反応もった者は君と近しい関係なんだろう?  ノインとデールのように。というか、彼は君にとってデールの身代わりだったんじゃないか? ならば、デールが居るなら彼のことを忘れたらいいだろうに。 デールよりあっちの彼の方がよくなったのか?」
「いいでしょう、そんなこと」
 深く詮索されたくなくて、陸は話題を終わらせようとした。
「ずばりということか。ホントに分かり易いな。だからデールの誘いも拒否したのか」
「別に誘われてなんかいないよ」
 つい言葉がでた。
「誘って欲しいのか? そう言っておいてやろうか」
「いいよ。別に僕とデールがどうなろうと関係ないでしょう? 僕はこの通りかごの中の鳥同然で逃げ出すこともできないんだし。何もおこしようがないよ。そ れでいいじゃん」
  ノインならデールをネタに働かせることもできるかもしれないけれど、頭の中身が違いすぎる。どんな小細工を使われようが、目新しい研究なんてできっこな い。それが分かっているはずなのに、マキは何がしたいのだろうと思う。ただ、からかいたいだけなのだろうかと思うとむかむかしてくる。
「デールは生真面目すぎるんだ。私は真似事をすればいいと言ったはずだ。その意味が分かるか?」
「そんなこと言ったって、文章ひとつ読むのだって時間がかかるんだよ。研究の真似事っていったってどんなことをテーマにすればいいのかさえ検討もつかな い」
 どれほど科学分野が進んでいるのかさえ分からない。子供のおもちゃ程度のものをだしてきても笑われるだけだろう。
「それはやる気にならないからじゃないのか?」
「それ以前の問題だよ」
「で は言い方を変えよう。君がいつまでもそうやって暇つぶしをしていると、デールの立場があやうくなる。サポートできていないってことになるからな。せめて、 怪我のせいにしてリハビリをしていることにして、少しづつ回復しているような報告を出せば時間稼ぎができたんだ。けれど、嘘をつくことができない性分なん だろう。怪我はもう回復したと報告があがればその先を望まれるのは当然だ」
「え、だって、デールはそんなことひとことも言わないよ」
 マキの話が嘘だとも思えなかった。けれど、デールは仕事の話は一切しないし、気遣ってくれるばかりだ。
「自分が盾になって守ってやるつもりなのかもしれないが、ならば、嘘のつき方のひとつでもノインに教わっておけば良かったんだ。ノインは強かで扱いづらい やつだが、いくらでも楽することはできたのに、デールを守るためには躊躇はなかった」
「ノインがデールを守っていたってこと?」
 マキの言い方だとそうなる。
「ノインの場合はデールが傍にいることを望んだということだ。結果さえ出していけば外されることはない」
「じゃあ、もしこのままでいたら?」
「ほどなくデールは外されるだろう。そのことをデールが理解しているかは分からないが、ここにいるということは色んな意味で最高の待遇を得られるんだ。そ れらも外される」
「そんな――」
 それはある意味当たり前だったのかもしれない。ただ遊んでいるだけいいなんてそんな美味しい話があるはずない。
「君は別に心配することはない。ただサポートする人間が変わるだけだ。嫌なやつだったら希望を出せばまた変えられる。君の待遇は変わることはない。それだ けの特権を持っているんだ。制限の中ではあるが」
「檻の中で大人しくさえしていれば僕にはお咎めなしってこと?」
「そういうことだ」
「やっぱり僕には無理だよ。ノインを戻した方がいいよ。デールが戻ってきた今、ノインだって戻ってくると思うよ」
 入れ替わることなんて無理だったのだと思う。そう、それは最初から分かっていた。
「ノインが存在しない形で切り取られていたのを見ただろう?」
「うん。検索はできないかもしれないけど、存在はかえってはっきりわかるってことでしょう。デールのデータ使えば大輔を検索できるからその近くにいるはず だよ」
 そう、あの時、ノインと思われる人は大輔の近くにいた。
「検索できないということは、アクセスできないということだ。分かるか?こちらから呼び出すことはできないということだ」
「そこにいることが分かっているのに?」
「そう、何もデータを検出できなかっただけだ。ただ、それが人型であったからノインだと仮定したにすぎない。それは確かだと思うが推測でしかない。データ が検出されていないのだから」
「でも、そこにいることが分かるなら」
「人を使って捕まえてくるのか? そんな実績を作るとどんどんエスカレートしていくぞ。君は自分がいた世界を荒らしたいのか?」
「そんなことは――」
 ただ、ノインを捕まえるだけ――ただ、それだけでいい。
「誰もがみんな自分と同じ考えだとは思わない方がいい。すばらしい道具ほど使い方を誤れば大きな問題になる。人の欲望を甘く見ないほうがいい。こんな化け 物を作ることになる」
 マキが自分を指差す。
「そんな風に言わないで」
 陸は口が勝手に動いていた。
「君のことを言ったわけじゃないだろう、なのになんで自分が言われたみたいな顔になるんだ。事実を言っただけだ。今なら実験棟送りだろう」
 マキの言葉に陸は唇を噛んだ。誰かが悪いわけじゃないのに、悲しい現実は存在する。自分を化け物という言葉で語ることは望んだ結果ではないと分かる。
 陸は不意にあごを捕まえられて上を向かされた。マキの顔が近くにあって顔を背けようとしたのに、押さえられてびくとも動かなかった。
「じゃあ、こうしよう。君が私の恋人になるというのなら、今のままデールを傍につけよう」
「え……」
 マキの言葉に目を見張った瞬間、陸は近づいたマキに唇を塞がれた。
 触れたのは唇だったはずだ。なのに、その感触は冷たいビニールのようだった。暖かい体温は一枚の膜に阻まれて遠く感じた。化け物とだと自分を称したマキ の言葉が頭に蘇って、それは胸を熱くして目から雫となって零れ落ちた。
「キスが始めてなわけでもないだろうに」
 唇を離したマキが言う。
 何も答えられなくて、陸はただ俯いた。
「恋人になるというのなら、例の装置が置いてある部屋を見せてあげよう」
 それは魅力的な提案ではあった。けれど。
「恋人は、なれって言われてなるものじゃないでしょう」
 了解できない提案でもあった。大輔をうらぎりたくはない。
「はぐくむ時間が必要だということか」
 マキの言葉に陸は顔を背けていた。今のままではデールと離されてしまう。なんとかしなきゃいけないと思ってもそれはマキの恋人になることじゃないとも思 う。
「別に急ぎはしない。では、この次は君が喜びそうなものを何か持ってきてあげよう」
 楽しそうに言うマキに陸は俯いたままだった。
「ノインなら一もニもなく乗ってくるだろうに、強かさはあっちの方がずいぶん上手だな。では、また来る」
 捨て台詞のように言うと、マキは部屋を出ていった。ドアが閉まる音が合図のように、陸は目から涙が溢れてきた。自分とは比べ物にならない時間をマキは生 きてきてそれはこれからも続く。長い時の流れは残酷にも思えた。

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル