食事は食べたい時に食べたいものを注文すればいい。汚れた服は決められたシュータに放り込 んでおけば綺麗になって戻ってくる。部屋の汚れを感じたことはなかった。というか、放っておいたら綺麗になる。それを自分でやらなければいけないなんて考 えたことはなかった。
 だけど、やってみると意外と面白いものだとノインは思った。
 洗濯も掃除も簡単だ。ただ、食事に関してはメニューごとに決まりがあって材料も違うからそう簡単というわけにはいかないけれど、手引きの本があれば少し まごつきながらもやれるようになるのにそう時間はかからなかった。
 朝のメニューは卵料理と生野菜を切るくらいで、パンを焼くこととコーヒーを入れるのは大輔がやってくれた。早紀は時折尋ねてきてくれると言っていた。レ シピ本を貸してくれたり、買い物に付き合ってくれるという。
 大輔も仕事がおちついたのか、大抵は朝晩顔を合わせるような生活をしていた。

「陸はどうしているだろう」
 夕食の後、ノインは呟いた。
 大輔は携帯を取り出してボタンを押して、けれど、聞えてくるのは電源が切られているか電波が届かないところにいますというメッセージだった。
「バッテリーがなくなったんだろう。出張中に何回かかけてみたが同じだった」
 大輔はぼそっと言うと携帯をテーブルの上に置いた。

 陸はどうしているだろう。そして、これからどうなるのだろう。装置は廃棄に回されたと聞いた。ということはこのまま入れ替わったままで過ごすことになる のだろうかと思う。

「あの、移動装置はお前が作ったんだろう? 同じものを作れないのか?」
 大輔が見てくる。
「同じ環境は無理だとしても、陸が通っている研究室に行けば何か助けになるようなものがあるかもしれない。行ってみるか?」
 少し身を乗り出して大輔が続けた。
 今日は休みだと1日家に居る。
「無理だよ」
 ノインは断言した。
「そりゃ、科学技術の発達に差はあるかもしれないが、原理が分かるならなんとかなるかもしれないだろ」
 それはもっともらしい台詞だ。けれど。
「あれは偶然の産物なんだ」
 そう、原理なんか分かっちゃいない。
「は? 」
 大輔が意外そうな顔をした。
「数 多くの研究者が残した遺物がある。中身はブラックボックスでインターフェースと動作だけ明確にされているものがモジュールとして登録されている。その中に 異次元へアクセスする物がある。物を置いたり、戻したり。それを開発した人はもういない。だから、どういう理論に基づくかも分からない。そのモジュールを 使って遊んでたんだ。暇だから。分かる? ホント暇なんだ。優秀な頭脳が外へでないために囲っているだけなんだから。情報は全て手に入る。だから知的好奇 心 を満足することは可能だし、権力や名誉を望むものはそのために力をつけることを考えるだろう。だけど、そんなものいらないって思ったら、何もやることはな いんだ。すっごく高級なおもちゃで遊ぶくらいしか」
「すごく高級なおもちゃ?」
 大輔が怪訝そうな声をだした。
「あの装置もそうだよ。適当にモジュールを組み合わせてできた偶然の産物なんだ。同じ環境であったとしても同じものなんてできない。あれしかないんだ。た だ、同じ物を作れるやつはいるかも知れないけど、それは僕じゃない」
 それは断言できた。
「じゃあ」
「陸がなんとかしてくれない限りそのままだよ」
「そうか」
 大輔が溜息をこぼす。がっかりしたらしい。
「陸 がなんとかしようと思う? 陸はデールが好きなんだよ。今は独り占めにできる状態なんだ。なのに、なんで戻ってこようと思うの? 生きていく上で何も心配 することなんてなくて、ただ、ちょっとっていうかずいぶん暇だけど、大好きな人が傍に居てくれて、それをどうして手放そうとするの? もし、何か状況が変 わるとしたら、きっと陸に何かあって身代わりが必要になった時くらいだよ。問題はおこさずに済んだ方がいいのは決まってる。向こうにすればただ僕を連れ戻 せばい いだけなんだから。それで丸く収まる何も変わらない。あっちにとっては、ね」
 それは、ほぼ確実なことだろうと思う。大輔は茫然とした顔をしていた。
 そういえば――ノインは思い出したことがあって陸の部屋に入り机の上に置いていた小さな四角いものを取るとテーブルに戻った。そして、これをテーブルの 上に置いた。
「これは?」
 大輔が見てくる。
「携帯用の移動装置のつもりで作ったもの。片側からしか操作できなきゃ自分が自由に移動することはできないからね」
 そう、そんなことを考えていた時もあった。誰にも監視されずに自由に移動できたらいいだろうと思っていた。
「なんだ、じゃあ問題はないじゃないか。これを使えばおまえと陸が誰にも邪魔されずに入れ替われるんだろ?」
 大輔の顔が途端に明るくなる。分かり易いなとノインは思った。デールと同じだ。
「や だよこんなの使うの。作ってみただけでテストはしていない。どうやってテストしようかと思っていたんだ。移動の部分はそのまま移植しただけだから大丈夫だ と思うけど、体を原子レベルに分解してまた戻す部分は変えてる。ちゃんと動く保証なんてどこにもない。ばらばらになったまま戻らないことも考えられる し、インターフェースがちゃんとしてなければどこへ飛ばされるかも分からない」
 考え通りに行くとは限らない。というか、思い通りに作れていたとしたら奇跡だ。
「テストってどうやってやるんんだ?」
 大輔は興味津々らしい。
「やっ てみる? 体の半分だけ飛ばされるなんてことになるかもしれないけど。もしそうなってもどうすることもできないよ。これの欠点は思考能力のあるやつしか使 えないってことなんだ。例えば石に縛り付けて稼動させたらもうそれで終わりだからね。消えたとしたらどこかへ行ったのだろうけれど、何処へ行ったのかさえ 分からない。石ならいいよたとえ半分残っても。人が半分残ったらどうなるんだろうね。考えたくないけど」
 大輔の表情が段々険しくなっていた。
「まさか、それを陸で実験しようと思ってたのか?」
「そんなこと考えていなかったよ。だから言ったでしょ? どうやってテストしようかなって思ってたって」
 陸を使うことはまったく考えてなかったわけじゃない。ただ、陸は連れていかれてしまってできなかったというのが正しい。けれど、そんなこと正直に言える わけがない。大輔が怒って放り出されたらここで生きていけないのは分かっていた。

「デールのことは知っていたのでしょう?」
 ノインは聞いてみた。大輔がどこまで知っているのかは分からない。もしかすると、陸がデールを好きだったことを知らなかったのかも知れないと思った。
「ああ」
 大輔が言葉少なく答える。
「あなたが陸と一緒に暮らしているってことはそういう関係ってことだよね?」
「そんなこと関係ないだろう」
 大輔が眉をひそめる。
「あなたはデールの身代わりだったんだよ。だって、そっくりだもん」
 ノインは笑いがでた。瓜二つ、自分も陸とは似てるを通り越している。親兄弟にも気づかれないほどだ。
「僕、陸の身代わりになってあげるよ」
 ノインは大輔を覗き込むように見た。
 陸がたとえ帰ってくる気になったとしても、装置が廃棄処分にされてしまったのなら手がだせないだろう。
 すっと大輔が視線を逸らした。
 陸がそんなにいいのかと思う。デールも大輔も。同じ顔なのに、声だって仕草だって同じだと言っていいくらいだと思うのに。
「返事は急がないよ」
 ノインは椅子に深く腰掛けた。
 時間はたっぷりある。デールだってそんなに簡単に落とせたわけじゃない。どういう作戦でいこうかな、そう思いながらノインが大輔を見ていると、大輔が テーブルの上の携帯を取り、ボタンを押す。
 先ほどと同じ操作に見えたのは、バッテリーが切れたのではないかと言っていたのに、また陸のところにかけようといのかと思う。諦めがよくないんだなあと 思いながらノインは見ていたが、先ほどとは違って呼び出し音が鳴り出した。

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