「ずいぶんと早いお呼びですね」
部屋に入ってきたマキはにこやかな顔をしていた。
マキが
言った通り、しばらくすると実験室のぽかんと開いたところにマキが持っていったのと同じものが運び込まれて設置された。置きにきたやつは何も言わずに部屋
を出て行ってしまった。陸はふと、ノインが作ったやつと同じものが作れないのだろうかと思った。実験室の中を探し回ればなにかしらの資料があるかもしれな
い。思ったらすぐ実行するに限る。ただ、よく分らないものを使って壊したら困るからデールに使い方が書いたものがないかと聞いたら「ない」と言われた。電
気はどこからとるのか聞いたらきょとんとした顔をしていた。使い方はマキが教えてくれると言ったことを思い出して、デールにマキを呼んでもらった。それが
二、三十分前のことだ。
「この装置の使い方を教えて欲しいんだ」
陸はついさっき置かれたばかりのものを指差した。
「覚えてどうするつもりですか?」
マキが横目で装置を見る。何を企んでいるのかと考えるような目つきだった。
「形ばかりの研究ごっこをしろと言ったのはマキだよ。使い方がわからなきゃ何もできないよ」
それは正当な訴えだと思う。
「まあいいでしょう。別に難しいことでもありません。さわりの部分ならデールに教えてもらってもよいのではないかと思いますが」
マキは装置に近づくと、おもむろにボタンを押した。すると、画面が明るくなって整列するいくつかのマスが表示される。
「ちょっと待って、何をしたの?」
「まだスイッチを入れただけです」
「だから、その装置はいったいどこから電気を取るの?」
マキは近寄っただけだ。何も繋いだりしていない。
「電気?」
マキもきょとんとした顔をする。
「だって、装置を動かすためにはエネルギーが必要でしょう? それはどこから?」
そういえばと陸は思った。電源コードらしきものはまったくない。全て電池になって内臓されているのだろうかと思う。
「ああ、それなら中に入っていますよ」
やっぱりと陸は思った。
「大丈夫なの? 突然切れちゃったら困るよね。これ精密機械でしょ? ずっと供給源から繋いでおけた方が安心だよね」
パソコンと同じ類のものだろうから、突然電源が切れて途中までやってたものがダメになっちゃうとか、装置そのものがダメになっちゃったら取り返しがつか
ない。
「大丈夫ですよ。半永久的にエネルギーを供給し続けます。磁気を出す鉱石を使って対流させていますから寿命などありません。あなたの歳より長生きですよ」
そうマキは言うと、意味ありげな笑いをした。
「そうなんだ」
デールが電気と聞いてきょとんとした訳が分かった。既に中にあるものなど使う側からしたら分らない。トースターのCPUは何と聞かれても分らないし知ら
なくて構わないのと同じだろう。
「使
い方は全てガイドがついています。フォーカスをあてれば教えてくれます。何をしても壊れないし、まあ、今まではですが。壊されて困るものには内側からロッ
クがかかっていますし、秘密事項は生体番号によってその区分が変わります。ノインに許されているものはノインの番号で照会が可能です。ノインの番号はデー
ルが知っているでしょう?」
マキがデールを見ると、デールは頷いた。
「生体番号は名前のようなものです。覚えておくといいでしょう。で
は、後は、デールとバトンタッチしていいですか? 使い込んでいくとデールにも分らないことがあるでしょうが、その時はまた呼んでください。たまに顔をだ
すようにしますよ。どんな発明品ができるのか楽しみだ」
マキが嬉しそうに笑う。
何がそんなに楽しいんだろうと陸は思った。
デールに小さな声で何か言った後、マキは部屋を出て行った。
「何て言ってたの?」
陸がデールに聞くと、デールは戸惑う顔をすると下を向いた。
何かまた嫌なことを言われたのかなと思って、それ以上聞くことはやめた。
とりあえずやる事ができたので、新しく置かれたモニターのようなものに向かい合った。
「この端末からは全てのことができる」
後ろから声をかけられた。すぐ後ろにデールが立っていた。
「全て?」
「そ
うだ。買い物、メールを送り受け取る、全ての情報もこれで見れる。ただ、マキも言っていたが受け取れる情報は個人の識別により選択される。今まで行われた
実験データ、開発された装置とその内容、共有できるモジュールとその使い方機能、ノインの番号なら全て見られるはずだ」
「端末ってことはどこかに繋がっているの?」
「ああ、中央の巨大なストレージに繋がっている。データは全てそこに保管される。何を買ったのかどこへどんな連絡をしたのか、この端末を介してやったこと
は全て記録される」
「全て?」
何か怖い気がした。悪いことをしていなくても監視されるのはいい気持ちはしない。
「そうだ。陸の世界では違うのか? 多少のシステムの違いはあってもどこかに保存されているんじゃないのか?」
「僕たちの世界じゃ個人的なことまで保存はされないよ。カードを使えばそりゃカード会社が保存してるけどお金を使えば何を買ったかなんて追い様がない」
そういえばと陸は思った。
この部屋を出た後マキから何でも買えるというカードを貰った。この世界ではお金なんてなくて、全てカードなのだ。それなら納得もできる。
「陸、お前が居た世界のことは忘れられないか? 今すぐにとは言わない。マキがついている以上お前が何をやろうとしても潰される。辛い思いをすることはな
い。ノインを名乗れば何の不自由もなく生きていかれる」
「この狭い空間の中で?」
それをノインは嫌がったはずだ。
「まったく外に出られないわけじゃない。俺が付いていれば大丈夫だ。不審な行動さえ起こさなきゃいいんだ。前に遊園地へ行ったろ?大丈夫だっただろ? ノ
インは少し神経質すぎたんだ」
デールが必死に説得しようとしているのを陸を感じた。でも、言葉頭の上を通り過ぎていく。
「マキに陸を早く抱いてしまえと言われた」
続けられた衝撃的な言葉は突然心臓をぐさっと刺された。
それがさっきデールにかけた言葉だったのかと思った。言葉がでなかった。それを察したようにデールが緩く顔を横に振った。
「そ
んな乱暴なことをする気はない。いや、向こうの世界で彼に、陸が見つけた彼に出会わなければ、そういう気持ちになっただろう。責められるかもしれないが、
俺は陸が好きだ。又会えたことを喜んでもいる。そして、同時に俺にしたらつい数時間前と今ではお前の気持ちが変わってしまったことも手に取るようにわかる
よ。陸、大人になったな。そして、陸を大人にしたのは彼なんだな」
「だって、僕の方はもう何年も経ってるんだ。少しくらい大人になってなきゃおかしいよ」
時の流れは確実に気持ちを変えていった。デールのことをすごく好きだったはずなのに、今は遠い存在に思えた。
「また、何年も経ってしまうかもしれない。今の状況は簡単には変えられないだろう。その時、今の気持ちと同じとは限らないだろ、陸」
「それは……」
陸は言葉を失った。デールの言うことに反論はできない。マキが簡単に折れてくれるとは思えないし、自分で同じものを作るとしたら何年かかるか、できるさ
え保証はない。もし帰れたとして、その時自分が邪魔者になってしまうかもしれなかった。